マレーシアで日本人駐在員や外国籍の従業員を雇う企業は、就労パスの取得に加え、EPFへの登録と毎月の拠出を確認する必要がある。EPFは従業員積立基金を指し、マレー語ではKWSPと呼ばれる。雇用主と従業員が資金を積み立て、退職後の生活などに備える仕組みである。
外国人従業員への義務的な拠出対象の拡大は、2025年10月分の給与から始まった。新たな対象区分では会社と従業員がそれぞれ給与の2%を拠出する。ただし、永住資格や加入時期によって扱いが異なるため、「外国籍なら全員2%」と一括設定することはできない。
本稿は2026年10月28日時点で確認できるKWSPの公式資料に基づき、対象者、計算に含める給与、登録・納付、帰国時の手続きを整理する。採用時の人件費見積もりと、入社後の給与処理をつなげて考えるための解説である。
1.2025年10月に対象を拡大、2026年の報道は制度新設ではない
KWSPは2025年10月1日、外国人従業員の義務的拠出を同月の給与から実施すると発表した。最初の給与対象月は10月、拠出月は11月である。制度の開始月と納付する月を分けて理解すると、過去分を点検する際のずれを防ぎやすい。
2026年10月22日のBERNAMA報道によると、財務省は国会への書面回答で、雇用主の2%負担は労働者の社会保障と企業コストの均衡を考慮したものと説明した。この報道は負担の考え方を示したもので、同月に新たな拠出義務が始まったという意味ではない。
日本企業にとっては、外国人雇用の費用に会社負担分を組み込み、従業員には給与から控除される本人負担分を説明することが実務上の論点になる。採用予算に計上する額と、本人の口座へ支払う給与額は分けて管理する必要がある。
2.日本人駐在員も対象になり得るが、永住資格と加入履歴を確認する
KWSPの外国人向け案内では、有効な旅券と就労を認めるパスを持つ75歳未満の外国人従業員が対象となる。家事労働者は義務的拠出の対象から除かれている。日本国籍であることや「駐在員」という社内の呼び方だけで、対象外にはならない。
KWSPの加入案内は、マレーシアで適法に雇用契約などに基づいて働くことを条件としている。短期契約やパートタイムでも、適法に雇用され給与を受け取る場合は対象となる。出張者、雇用された従業員、業務委託先を同じ区分として扱わず、実際の契約関係を確認することが出発点だ。
さらに、永住者と1998年8月1日より前にEPFへ加入した外国人には別の拠出区分がある。一般的な2%の区分は、永住者を除く同日以降の加入者に適用される。人事台帳には国籍だけでなく、永住資格、年齢、EPF加入履歴、パスの種類・有効期限もそろえておくと判断しやすい。
3.会社と本人が各2%を負担、会社負担を給与から引くことはできない
EPF法の第三附則Part Fでは、該当する外国人従業員の拠出率を雇用主2%、本人2%としている。会社は両者の負担を合わせてEPFへ納付する。本人分は給与から控除できるが、会社分まで従業員に負担させることは認められない。
仕組みを説明するため、拠出対象給与が月額RM1万(約38万6,300円)の従業員を仮定する。各2%の区分に該当し、ほかの調整がない場合、会社と本人の負担はそれぞれRM200(約7,700円)、EPFへの納付総額はRM400(約1万5,500円)となる。これは実在企業の事例ではなく、計算例である。
この場合、会社の給与とEPF会社負担の合計はRM1万200(約39万4,000円)になる。一方、給与から本人分だけを引いた額はRM9,800(約37万8,600円)である。後者は税などほかの控除を反映していないため、最終的な手取り額とは異なる。EPFだけで雇用に伴う費用全体を表しているわけでもない。
4.基本給だけでなく賞与・手当も確認する
KWSPの給与構成に関する説明では、拠出対象には給与、賞与、手当、コミッション、インセンティブ、未払い給与の追払いなどが含まれる。基本給だけに2%を掛けて処理すると、対象となる支給項目を落とす可能性がある。賞与月や営業歩合の支給月は、毎月固定の額をそのまま納付しないよう確認が必要だ。
一方、時間外労働の支払い、一定の退職・解雇給付、解雇予告に代わる支払い、旅費手当などは、KWSPが示す対象外項目に含まれる。すべての手当が対象外という意味ではない。給与明細の名称だけで決めず、何の対価として支払うものかを、公式の給与定義と照合する。
実務では、給与ソフトの支給項目ごとにEPF対象・対象外を対応付けると確認しやすい。新しい手当を設ける場合も、その月だけ担当者の判断で処理するのではなく、根拠と設定を記録しておく。日本本社からの支給と現地支給が併存するなど、公開資料だけで整理しきれないケースは、契約と支給内容を示してKWSPに確認する。
5.企業登録と従業員登録は別々に確認する
KWSPの雇用主登録案内では、拠出義務が生じてから7日以内に企業側の登録を行う必要がある。未登録の現地法人は、初回の給与計算に先立ち、登録に必要な会社資料と担当者を確認しておく。すでに登録済みの雇用主は、外国人を採用したことだけを理由に新しい雇用主番号を取得する必要はない。
従業員の登録では、2025年10月からEmployment PassやVisitor’s Pass(Temporary Employment)の保有者を対象に自動登録が導入された。雇用主はオンラインサービスのi-Akaun(Employer)で登録状況を確認できる。ほかの種類のパスについては、窓口での登録・情報更新が案内されている。
自動登録の対象でも、登録が完了しているかの確認は残る。KWSPは、登録できなかった従業員の手続きや、登録済み従業員の情報更新・本人確認についても案内している。就労パスが発行されたという事実と、給与システムで使うEPF番号が確認できた状態を分けて管理することが重要である。
6.翌月15日までに納付し、給与記録は少なくとも6年間保管する
毎月の拠出は、対象給与月の翌月15日までに納付する。例えば10月分の給与であれば11月15日が基本の期限となる。給与支払日とEPF納付日が異なるため、給与計算の完了だけをもって月次処理の終了にしないことが大切だ。
会社は本人分と会社分を合わせて納付する。給与明細で控除した額、会社の計算記録、実際に送信した納付データが一致しているかを確認する運用が必要になる。担当者が変わる場合にも処理を追えるよう、対象月、従業員番号、入金結果を対応させて残しておくとよい。
KWSPは、給与とEPFに関する記録を最後の記入日から少なくとも6年間保管するよう求めている。給与明細の交付も雇用主の責任に含まれる。外部の給与計算会社へ委託する場合は、誰が計算し、誰が承認・納付し、誰が記録を保管するかを契約と社内手順で明確にしておく必要がある。
7.帰国時の引き出しは自動ではなく、本人の申請と書類が必要
外国人従業員がマレーシアでの雇用を終え、出国する場合には、Leaving Country Withdrawalという引き出し手続きがある。日本語では出国に伴う積立金の引き出しに当たる。退職届を会社へ提出するだけで、EPFの残高が自動的に払い戻されるわけではない。
KWSPの案内では、申請書、旅券、銀行口座情報などに加え、外国人専門人材には就労パスの取消し、退職・契約終了を示す書面などが求められる。必要書類は申請者の区分によって異なる。旅券更新で登録番号が変わっている場合には、旧旅券などによる本人確認も必要になるため、出国直前に初めて確認すると手続きが増えやすい。
KWSPは2026年7月の雇用主向け案内でも、従業員情報の正確性、銀行口座の維持、早めの申請を重視している。会社側は帰国日だけでなく、就労パスの期限、必要書類の発行、最後の拠出記録を確認する時期を合わせて整理する。引き出しの可否や申請時期は、本人の資格に対応する公式案内で確認する。
8.端数処理や未納を点検し、判断が分かれる部分はKWSPへ照会する
拠出額に端数が出る場合は注意が必要だ。2026年10月28日に確認した公式資料では、外国人向けFAQは会社分と本人分をそれぞれ切り上げる例を示す一方、一般の拠出案内は両者の合計を切り上げる例を掲載している。本稿ではこの相違を推測で解消せず、端数の出ない給与額で計算例を示した。実際の給与処理ではKWSPに適用方法を照会し、回答に沿って設定する必要がある。
登録漏れ、期限後の納付、本人から控除した額の未納、会社負担分の給与天引きは、KWSPの法令遵守案内で違反として示されている。過去の処理に不足が見つかった場合には、対象月と従業員を特定し、KWSPの未納・不足拠出の手続きに沿って是正する。通常月の納付に混ぜて記録を曖昧にしないことが重要だ。
採用時は対象区分と給与項目、毎月は計算と納付、退職時は登録情報と引き出し書類というように、確認の時点を分けると担当を定めやすい。料率表だけを保存して終えるのではなく、個別の照会結果と給与ソフトの設定内容も残しておくことで、担当者交代後も同じ根拠で処理を続けられる。
円換算について
日本円は2026年10月27日のMYR/JPY終値、1リンギット=38.6281円(Investing.com、10月28日確認)で概算した。計算例の円換算額は100円単位で四捨五入している。制度上の拠出計算・納付はリンギット建てであり、円換算額は実際の両替額や送金額とは異なる。
出典を見る(14件)
BERNAMA「EPF Contribution Rate For Foreign Workers Relatively Low, Says MOF」(2026年10月22日)
KWSP「Contribution For Non-Malaysian Citizen Employees」対象者・FAQ
KWSP「Employer Mandatory Contribution」料率・計算例・納付期限
KWSP「Third Schedule, EPF Act 1991」Part F(2025年10月給与から適用)
KWSP「Contribution Payment Channels」給与構成・対象外項目・納付
KWSP「Employer Registration」雇用主登録
KWSP「Employer Record-Keeping」給与・拠出記録の保管
KWSP「Leaving Country Withdrawal」出国時の引き出し
KWSP「Employer Guide: Leaving The Country Withdrawal」(2026年7月6日)

